対岸にも桜の木が並んでいる
僕はこちら側で彼女を待っている
息を潜めてじっと待っている
乳白色の月が僕の手のひらにふるえていて
彼女の気配だけが夜の真ん中を近付いて来る
もしも彼女が僕を見つけだしてくれたら
ゆりかごを揺らすように力を込めてくれるだろう
そっと、でも力を込めて飛び降りてみようと思う
そしてゆるやかにらせんを描いてみたいと思う
夜の真ん中で目を凝らすと
きまぐれやときめきやいらだちや
剥ぎ取られていったものが落ちている
やわらかくなってじっとしている
僕はそこに呑み込まれたりはしない
やがて彼女は近付いて来るだろう
いくつもの僕を知ることもなく
いくつもの僕が静かにらせんをたどりはじめる
いくつもの僕がいくつもいくつも僕に折り重なっていく
ひとつひとつの僕は少しずつちぎれているのだろう
いくつもの僕がばらばらになって僕に折り重なっている
ひとつひとつの僕はにぎりしめられたままの想いを覆いつくすだろう
今夜僕はそっと、
飛び降りてみようと思う