「チョコレート」

「チ、ヨ、コ、レ、ー、ト」
数を数える幼い声が春の公園にこだまする。

幼い頃、大好きだった五才年上のたくくんは、
じゃんけんが強くて、いつも小さな私をおいてきぼりにした。
遠ざかる背中が悲しくて、私はよく泣いてはたくくんを困らせた。

言葉ばかりのチョコレートが甘いお菓子に変わったのは、中学の時。
もう高校生だったたくくんは、一瞬困った顔を見せて、それでも
泣き出しそうな私の顔を見ると、私の頭にぽんと手を乗せて、
大人の笑顔でチョコを受け取ってくれた。

  気付いていた
  たくくんがもう子供ではないことを
  ずうっと前に大人の扉を開いていたことを

卒業と同時に上京したたくくんは、帰らない。
幾つもの春が過ぎて、時ばかりがあの日の公園の上を通り過ぎ、
待つことに疲れた私は、ひっそりと恋をする。
紡ぐ恋の言葉は唇の上を滑り落ち、私は、大人の恋を知る。
苦いチョコの味を覚えたあの頃。

  言葉はいともたやすく
  チョコレートは手の平で溶けてなくなり
  時は思い出を美しく風化し
  傷は明日への糧になる

オフィスのロビーでの偶然の再会。
名刺交換をして初めて気付いた彼の名。
もうたくくんとは呼べない姿がそこにあった。
すっきりと立った長身から出される握手を、私は心静かに握り返した。
そして、

「チ、ヨ、コ、レ、ー、ト」
桜吹雪舞う公園にあの日と同じ子供の声がこだまする。
白無垢の肩に落ちる薄いピンクの花びらが、ふたりの間でほんのり色を増す。
今日、私は、彼の花嫁になる。

2003.03.12
久保田r


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